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より良きスタディツアーを模索する-バングラデシュからのリポート-

田中 雅子

 先日、北海道の大学生のスタディツアーが災害対策事業の現場を訪問しました。受け入れ側は、これまでもずっと外国人訪問客を受け入れてきたが、訪問する側の目的が明確でなかったために、援助で建設されたサイクロンシェルターを見せ、住民代表がこれから欲しいもの(無線機、救命道具、雨具など)のリストを渡し、訪問客は住民に同情してしまう、というやりとりを続けてきました。

 今回は、期間の限られた中ではあるけれども、どうしたら「一方的な」印象を軽減できるだろうかと企画した大学の先生と事前に相談し、村では村の人が「参加型調査」をやっているところを見学させてもらう「だけ」にし、私を含むスタッフや村の人の動きについて学生が観察したことをスタッフとのミーティングでフィードバックしてもらうことにしました。

 通常、村に行くとこちらが望まなくても日本人歓迎の催しになってしまい、どこからともなくイスが持ち込まれ、ココナツジュースが運ばれてきたりするのですが、この時は、日本のチームが到着する前から住民が調査を始めていて、すでにみんなが熱中していたこともあって、「歓迎」のことはすっかり忘れたかのようでした。最後、一行が村を出るときになって、村人による分析と調査結果の説明があり、ようやくミルクティーが振る舞われました。彼らの発表には、日本から来たベンガル語の読み書きだけでなく聞き取りもできない人のために、視覚的に村のことを説明しよう、という意図があったと思います。

 当日は村の資源マップなど簡単なことを4つのツールでやってみただけですが、ヒンドゥの小さなお寺はマリーゴールドの鮮やかな黄色い花、モスクはピンクのハイビスカスの花びら、1000万円ほどの寄付で建設されたサイクロンシェルターはレンガのかけらで表現され、以前に駐在員をしていたその大学の先生は「村の人にとってのサイクロンシェルターがどういうものであるか、よくわかった」と言っていました。

 村から宿所に戻った後のミーティングでは、フィールドワークをやったスタッフのフットワーク、チームワークについての質問や、村人同士の人間関係についての観察などが話題になり、こちらのスタッフにとっても、良い刺激になりました。

 今までにも訪問客を受け入れたことはありましたが、現地への悪影響が少なかったケースだと思います。その理由としては以下の4点が考えられます。

a) 訪問側と受け入れ側が訪問の意図と限界を共有していたこと

 当初、日本側からは自分たちがフィールドワークをやりたい、という希望があったのですが、バングラデシュでももっとも辺鄙な島でそういうことをやるには、受け入れ体制が十分ではないですし、私もまだバングラデシュに来て1年もたっておらず、どこまでのことができるか自信がありませんでした。企画した先生が、こちらの事情をよく把握してくれていたことは、何より重要なことでした。他の先生だったら、私は相手の希望をそのまま受け入れていたかもしれません。

b) 訪問側のメンバーがチームで話し合い、動ける人たちであったこと

 よく見受けられるのは、訪問側内部での期待感や意見の食い違いが、受け入れ側への不満としてぶつけられてしまうことです。今回来た人たちは、年齢は20代前半でしたが非常に成熟した人たちで、自分たちの期待通りでないことがおきたら、まず自分たちで話し合ってくれました。

 私が自分の負担を減らしたいがためにそう仕向けていたということもありますが、訪問側が共通認識をもっているかどうかというのは、受け入れる側が準備・対処をする上でも重要だと思います。

c) 訪問側のメンバーの着眼点

 このメンバーはいわゆる「開発学」を専攻している人たちではなく、社会福祉を学ぶ中で日本の町内会について調べている人、本人は和人でありながらアイヌ語を勉強している人がおり、地域社会や行政による福祉のあり方、マイノリティについての関心が高かったことが、「観察」の着眼点にも活かされていました。彼女たちが日本での事例を交えて質問してくれたので、ベンガル人スタッフにとっても興味深かったと思います。

 北海道出身の彼女たちの話は、多様性について考える上で私にとっても新鮮でした。調査の中で、「季節カレンダー」(季節毎の生活状況の変化や生活環境の変化を表す。魚民の島なので、漁の変化が季節の変化を表す)を見ていたメンバーの一人が、「学校ではいつも本州の一部の人の季節カレンダーを教えられてきた。4月=桜の下の入学式で半ズボンをはいている、なんて札幌ではありえないけど、いつのまにかそれを季節の象徴として教えこまれている。4月から教員になるので、自分の地域の季節カレンダーを生徒と一緒に作ってみたい」と話してくれたことがとても嬉しかったです。また、道路の雪かきの様子を見れば、その通りに住む人の関係がわかるという話にもなるほどと思いました。

d) 時間的にも気持ちの上でも余裕があること

 これは、都市スラムに行く場合にはあてはまらないかもしれませんが、今回はダッカから船で15時間ほどの場所を往復したので、道中、ゆっくりと話ができ、私やベンガル人が投げかけた問いに対して、学生の間で話しあったり、簡単なベンガル語を勉強する時間もありました。学生がみんな女性だったのでベンガル語の花の名前をみんなにつけ、各自その名前で自己紹介をしたところ、なんと、村の人はたった一度の自己紹介で7名全員の名前と顔を覚えてくれました。滞在中すれ違った時に「ゴラピー(バラのベンガル語)、元気かい?」などと普通のおじいさんが声をかけてきたのには、日本からきた人だけでなく、私も驚きました。私はその村にはもう何度も行っていますが、未だにただの「ジャパニ(日本人)」でしかありません。



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