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リポート アフガニスタン

勝間@国連児童基金アフガニスタン事務所(当時)

最近のエピソード

 同僚にアノジャという女性がいる。スリランカ出身のユニセフのベテラン職員である。彼女は、アフガニスタンの首都カブールの常駐事業官で、タリバンの中央リーダーとの交渉の最前線にいる。ユニセフはアフガニスタン国内に5つのサブ事務所を持っているが、そのうち2つのトップは女性で、アノジャはその1人である。よく、女性がタリバンと交渉するのは難しいでしょうと言われるが、タリバン側も最近は慣れてきて、「必要悪」と見ているようである。

 アフガニスタンではテレビが禁止されているが、国連の外国人スタッフが寝泊まりする国連ゲストハウスには衛星テレビがあり、BBCなどを見ることができる。米国でのテロを見て、みんな驚いた。アノジャの弟はマンハッタンの貿易センタービルで働いている。衛星電話でニューヨークにいる親戚に電話をかけまくったが、通じない。

 数日後、アフガニスタンにある国連のすべての外国人スタッフは、パキスタンのイスラマバードへ一時退避となった。ようやく電話が通じて、アノジャは弟がビルの崩壊直前になんとか脱出できたことを知り、ホッとした。

 テロへの憤りをみんな感じている。外国人だけではない。ユニセフの同僚のアフガン人やパキスタン人にしても、親戚がニューヨークに住んでいる者が多い。他人事ではないのだ。

 さて、この日曜日からアフガニスタンで全国予防接種デー(ポリオ)を3日間にわたって行う。ローカル・スタッフしかおらず、この状態でできるのかという疑問もあるが、ワクチンもすでに配置してあるし、ユニセフは決行を決めた。

 この予防接種の実施をモニターするため、ユニセフは、常駐代表とアノジャをカブールへ送ることに決めた。 Children is Beyond Politics が合言葉である。立候補したアノジャに、人道援助のプロとしての姿勢を見た気がする。

 Security Clearance の要請をニューヨークに出したが、結局、国連安全コーディネーターの許可はおりなかった。アフガン人スタッフにすべてを任せることになった。


カブールのハフィザからの電話

 「昨晩、カブールのハフィザから電話があったよ。」
 ニルファが言う。イラン人の彼女は、ペルシャ語ができるので、アフガン人
とのコミュニケーションもスムーズだ。
 「でも、どうやってカブールから電話をかけられたの?」
 「電話局で3時間並んだって言ってた。」
 「元気だって?」
 「ずっと泣いてた。」
 「.....」

 ハフィザは、ユニセフで子どもの保護を担当している。数少ないアフガン女性スタッフの一人である。と言っても、ユニセフのカブール事務所へ行っても、彼女に会うことはできない。

 私がハフィザに初めて会ったのは、昨年の夏だった。カブールにあるM病院へ行くと、ある一室へ連れられた。「ここまで訪れてくれてありがとう。」それが彼女であり、そこが彼女の職場であった。タリバンによると、男女が同じ屋根の下で仕事をするのはいけないことらしい。もっとも、アフガン女性は、医療分野を例外として、就労が禁止されているのだが。従って、ハフィザはユニセフからM病院へ出向しているとでも言えようか。それでもタリバンから監視され、怯えながら仕事をしていた。

 「戦争が始まったら子どもたちはどうなるんだろうと泣いてたよ。」
 「パキスタンへは出て来ないって?」
 「トルクハム国境が封鎖されているから乗り合いタクシーでぺシャワールへ出られないし、別の山越えルートは、彼女自身が足を悪くしているし、たくさんの子どもを連れては無理だって。」 国連で働いていて、国際スタッフとローカルスタッフが冷酷に区別されるのは、こういう時である。国連の安全フェイズが悪化すると、国際スタッフは退避または避難することになる。米国でのテロ犯罪の後、国連の飛行機がアフガニスタンの各地へ飛び、国際スタッフを拾い集めてイスラマバードへ退避させた。しかし、ローカルスタッフは基本的にその対象ではない。

 アフガニスタン国内にはユニセフのローカルスタッフが数十人もいる。そして、彼ら彼女らの家族も生活している。これからどうなるんだろう、という不安がスタッフ全員に重くのしかかってくる。

注:国際スタッフ 国連機関の本部が契約する、国を超えて働くスタッフ  ローカルスタッフ その国の中で雇われて働くスタッフ


どうやって戻るか?

 「アフガニスタンへ戻る計画を立てろ!」
 エリックが檄を飛ばす。
 緊急援助の経験豊富なフランス人の常駐代表である。

 「君たちはまだ緊急援助モードになっていないぞ!」
 とカナダ人のナイジェル。南アジア地域のトップであるが、最近、ユニセフ・トップのキャロルによって「アフガニスタンと周辺国の地域間プログラム」の特別代表に任命された。

 このような状況になると、週末などなくなってしまう。それに、ニューヨーク、ジュネーブ、コペンハーゲンとの電話会議はだいたい夜だ。無線室も24時間稼動になり、私にも週に1回は夜勤がまわってくる。

 さて、どうやってアフガニスタン国内に閉じ込められた避難民を支援するのか?
 どうやってアフガニスタン国内へ物資を調達するのか?
 そして、どうやってアフガニスタンへ戻るのか?
 いろいろなシナリオが検討されている。

 こういったロジスティックスに詳しいのは、大抵の場合、物資調達を担当するサプライ・オフィサーである。商社で働いた経験がある人にふさわしいポストだ。

 サプライ・オフィサー一筋のバングラデシュ人のシャリフが口火を切る。 「私たちがいつも使うのは、パキスタン側のぺシャワールとクエッタであるが、ここの国境は封鎖されているし、いつこのルートを使えるかは分からない。We have to think out of the Box。」

 ヘラート事務所常駐事業官のエルシャドと、マザーリシャリフ事務所常駐事業官のマブーブが続く。ちなみにこの二人もバングラデシュ人。

 「イラン側から入るべきだ。」「トゥルクメニスタンの国境が先に開くはずだ。」

 「飛行機をチャーターして、コペンハーゲンから毛布や医薬品をイランとトゥルクメニスタンへ届け、アフガニスタンとの国境近くの倉庫に備蓄しよう。」

 決断が下される。
 「シャリフ、コペンハーゲンから両国への物資調達を頼む。」

 「エルシャドはテヘランへ行って、イラン事務所の同僚と協力して、アフガニスタンとの国境に事務所を設置しろ。」

 「マブーブはアシュガバードへ飛んで、国境まで行け。ビザを取ってすぐにだ。」

 まず、マブーブが明後日にトゥルクメニスタンへ飛ぶ。

 我々は、詳細なオペレーション・プランを作り、ドナーに資金を要請する。

 北のトゥルクメニスタンからアフガニスタンへ戻るのが、実現可能性の高いシナリオのような気がする。それが可能となる日に向けて、詳細な準備が進められている。


4000頭のロバ

 エレンはこの地域で働き始めて10年くらいになる(と思う)。オランダ人の彼女は、国連難民高等弁務官事務所のクエッタ事務所で同僚だったパキスタン人と結婚し、その後、ぺシャワールでいろいろなNGOで働いていたが、4年ほど前からユニセフ職員としてアフガニスタンの仕事をするようになった。このところ彼女は、教科書をバダクシャン州の学校へ届けるために大忙しである。

 北部同盟が支配するバダクシャン州では女子教育が認められている。しばらく前に、ユニセフ親善大使の黒柳徹子さんを学校視察にお連れしたが、何千人という女性が一生懸命勉強している姿には感動する。日本では当たり前の風景も、女子教育を禁止しているタリバン支配地域と比較すると、アフガニスタンにおける奇跡のようにも見える。バダクシャンは山岳地帯であり、陸路によるアクセスが困難であり、予防接種ワクチンなどは国連の飛行機で運ぶ。しかし、重量のある教科書はそうする訳にもいかず、この3年ほど、パキスタン北部から山越えで届けていた。このシャー・シャリーム峠は、標高4000mほどで、1年のうち数カ月しか通れない。

 今年も雪が積もる前に、ぺシャワールの倉庫で梱包し、輸送車隊を組む。しかし、今年の輸送車隊は、例年よりも規模が大きい。なんと200立法トンである。教科書に加え、子ども用の毛布やセーター、基礎医薬品、栄養不良の子どものための UNIMIX(高タンパク質オートミール)などが運ばれる。

 今日(29日)、ぺシャワールから19台の10屯トラックから構成される輸送車隊が出発する。「隊長」は、バダクシャンで長年働いている米国人のヘルミオンという女性である。彼女は、アフガン人を愛し、バダクシャンを第2の故郷だと思っている。今回の危機でイスラマバードへ一時退避したが、いつも「バダクシャンのみんなが私を必要としている」、「早くバダクシャンへ帰りたい」と言っている。実際、学校の子どもたちからの手紙が旅人から旅人を経て彼女に届けられるのだ。「いつ帰ってくるの?」

 ヘルミオン率いる19台の10屯トラックは、パキスタン北部へ450km走り、標高3000mまで達する。そこで積み荷を100台近くの四輪駆動へ移し、シャー・シャリーム峠へ向かって進む。標高4000m近くまで登ると、そこには500人のポーターと4000頭のロバが待っている。ポーターは荷物をロバに載せ、40kmの山道を二日間かけて旅し、アフガニスタン側へ下りていく。ジーバク平原まで達すると、積み荷を小さなトラックへ移し、バダクシャンの州都ファイザバードへ向かう。

 アフガニスタンの将来は何か?
 私は迷わずに答える。
 「教育である。



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