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コーヒー豆相場下落&フェアトレードの可能性

ニカラグア、コーヒー生産者ルポ

by 山村凛

協同組合から土地を借り受け、フェアトレード向けのコーヒーを栽培する女性グループ=ニカラグア、ミラフロール

 コーヒー豆の相場が下落を続け、8月には、過去30数年で最低価格を記録。世界中にいる約1千万人の生産者に大打撃を与えている。一方、こうした第一次産品市場の不安定さを回避し、生産者に最低限の価格を保証しようという「フェアトレード」と呼ばれる運動が、ヨーロッパや北米などを中心に広がり、生産者の生活向上に寄与している。外貨収入の約3割をコーヒーの輸出に頼っている中米・ニカラグアに、コーヒー生産者たちを訪ねた。

 山肌にプランテーションのコーヒー農園が広がるニカラグア中部のマタガルパ。だが、街の路上では、農園で働く季節労働者たちがシートでつくった簡素なテントでの生活を余儀なくされていた。

 「人に物ごいをしなければいけない今の状況は非常につらい。しかし、コーヒー相場の低迷で、私たちのような季節労働者は仕事を失い、食べるものも買えず、餓死する子供もでているのです」

 その中のひとり、ベルサ・サリナスさん(34)は、疲れきった表情で話した。相場低迷でコーヒー豆を出荷しても利益にならず、農園主がコーヒーの収穫を見合わしているため、彼女のように仕事にあぶれ、食料も買えないコーヒー労働者が街にあふれている。イギリスのNGO「ニカラグア・ソリダリティー・キャンペーン」によると、ニカラグアでは、今回の「コーヒー危機」のために30万人が職を失った。零細農家が借金返済のために土地を手放したり、破産するケースも増えているという。

 コーヒー豆の価格は、ニューヨークを中心とした先物取引で決められるが、もともと、天候に左右されるうえ、投機的な傾向が強く、常に価格は不安定だ。特に最低価格を保証するための合意が1989年に決裂してからは、不安定さは増し、現在は供給過剰の状態が続いている。

 たとえば、南米などで生産される「アラビカ」と呼ばれる高級品種では、4年前には100ポンドあたり約185ドルで取引されていたが、今年8月には60ドルを切るまでに下落。同じ量を生産するには、少なくとも約70ドルが必要といわれているが、それもまかなえない状況だ。特に、ベトナムなどの新参入国の存在がコーヒー豆の市場のだぶつきに拍車をかけている。

 国際通貨基金や世界銀行などが有益な換金作物として、比較的安価で低品質のコーヒー生産を奨励。数年前にこれらの国々で植えられたコーヒーの収穫が始まった。ベトナムは昨年、ブラジル、コロンビアについで、全体の10分の1を生産する世界で3番目のコーヒー生産国になった。

 ニカラグアでは、コーヒー生産者約700人が8月下旬、マタガルパから首都マナグアまでを行進し、政府に緊急の救援策を求めるためのデモを行った。「私たちのおかれた状況を、もっと世界中の人たちにも知ってもらいたい」。サリナスさんは、こうつぶやいた。

 街角にコーヒー専門店が増え、世界で3番目のコーヒー輸入国となった日本。だが、多くの仲介業者を通過するため、コーヒーの価格変動を肌で感じることはない。

 フェアトレード運動は、生産者と直接取り引きして市場価格に左右されない価格を維持し、発展途上国の生活を守ろうという運動。ニカラグアでもこの運動の支援を受けてコーヒー栽培に取り組んでいる村がある。次にこの村を通して、フェアトレード運動を紹介したい。

 標高1400メートルの高地にあるニカラグア北部の小さな村、ミラフロール。約500人の農民で構成される生産者協同組合では、7年前から有機農法によるコーヒー栽培を始め、現在では「フェアトレード」と呼ばれるチャンネルを通じて、北米などに輸出している。

 フェアトレードは、1970年代にヨーロッパのチャリティー団体などを中心に始まった運動。公平な貿易、草の根貿易などと訳され、日本でもこの運動に取り組む市民団体や企業が増えている。コーヒーやココア、バナナなどの発展途上国の零細な生産者と直接取り引きし、市場に左右されない一定で最低限の価格を保障する。

 80パーセントが零細な農家によって栽培されているコーヒーの場合、仲買人の言い値で買われることが多く、さらに仲買人や輸出業者、商社、大手コーヒー会社など約150回もの仲介が入ると言われる。イギリスのNGO「オックスファム」によると、消費者がインスタントコーヒー1ビンに支払う値段のうち、生産者の収入となるのは約10パーセントだ。

コーヒー豆の相場低迷のため仕事にありつけず路上で生活するコーヒー農園の季節労働者たち=ニカラグア、マタガルパ

 フェアトレードは、生産者から直接コーヒー豆を買い取ることで、生産者に、市場のしくみにかかわり、交渉力をつけてもらうのも狙いだ。
 ミラフロールでは、コーヒーの木は、バナナの木など日陰をつくる「シェイド・ツリー」にはさまれて栽培されている。寒暖差が激しい高地の日陰で育つことで、コーヒーの品質が増す。ここでは、牛のフンなどを利用したたい肥を使い、化学肥料や農薬などは、いっさい使われていない。米国にある有機栽培の認定組織「OCIA」からの認定も受けた。

 また、コーヒーの苗を植えることは、植林につながり、乱開発された森林の環境保全にも役立っているという。生態系にとんだ森林が広がるこの地域では、青年層を中心にエコ・ツーリズムのプロジェクトも進められている。

 「90年代に入って政府が国内市場を海外に開放し、安い野菜が外国から入ってきて、私たちが育てた野菜は、過当競争のなか、売ることができませんでした。経済の自由化は、私たち農民にとって、利益をもたらすどころか、生活は、ますます苦しくなるばかり。しかし、フェアトレードのおかげで、最低限価格が保障され、現在の相場低迷の影響も受けずにすんでいます」と協同組合のマネージャー、ポルフィリオ・セペダさん。

 フェアトレードによって得た利益は、学校の設立や健康サービスなど地域向上のために役立てられている。一方、協同組合は、女性の自立支援にも積極的で、土地をもてない女性のグループに土地を貸し付け、コーヒーの栽培を奨励している。

 セペダさんは「私たちは品質のいいコーヒーを栽培しているというプライドがありますが、消費者や生産者に関係のないところで、コーヒー豆の価格が決められるのは、私たち農民にとっては悲劇です。消費者と生産者の両方に利益をもたらすためにも、フェアトレードが広がることを願っています」と話した。

 フェアトレードで取り引きされるコーヒーは世界市場の1パーセントに満たない。しかし、こうした草の根の貿易によって、途上国地域の持続的な生活向上を図ることが重要だ。イギリスでは、スーパーなどで、フェアトレード商品が気軽に手に入るほど一般市民に浸透しつつある。開発途上国の自立的な開発や貧困削減の有効な手段として具体的な援助政策に取り入れようという動きもある。

(この記事は2001年9月19日、20日付産経新聞に掲載されました)



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